2012年1月2日

Facebookという箱庭

Facebookは便利だ。Facebookさえあれば親しい友人との連絡はすべてOKだし、贔屓の芸能人の情報もわかる。買い物に行きたければバーゲン情報もわかるし、クーポンだって手に入れることができる。何かわからないことがあればFacebookで聞けばいい。

そう、Facebookがあればインターネットのすべてが利用できる。Facebookという箱庭があれば。彼らはインターネットの神になりたいんだろう。インターネットのすべてを手中に収めるのは難しいから、Facebookという箱庭を作って、そこの神になりたいんだろう。

ちょうど日本でmixiが力をつけ始めた頃、Web2.0という言葉が流行っていて、それをもじってmixiのことをWeb0.1と呼んだことがある。つまり旧世代インターネット、インターネットのごく一部。できることは限られているけれど、その分使い方は単純で簡単で、インターネットの荒波に耐えられない人達に受け入れられた。

Facebookも同じこと。違うのは当時のmixiはできることが少なすぎて、それより複雑なことをやろうとすると外の世界に出ていかざるを得なかったのに対して、Facebookはできることがたくさんあるので意識して外を見ない人には外が見えないということ。スキルを向上させる意欲すら箱庭の内側に向けてしまう。

Googleも神になりたいんだろう。でもGoogleは箱庭なんか作らない。広大なインターネットのすべてを手中におさめて神になろうとしている。だからその世界を見る者もまた神の領域に近づかなければそれは能わない。

FacebookとGoogleの関係はAppleとMicrosoftの関係に近い。Appleはスティーブ・ジョブズというイコンを得てアップルユーザーの唯一絶対神たらんとし、Microsoftはビル・ゲイツをイコンとせずコンピューターの神たらんとした。そしてAppleはそれを実現し、MicrosoftはAppleより強大な力を持ったまま袋小路に迷い込んでいる。

GoogleもMicrosoftもその野望が実現されることはないだろう。人は神にはなれない。しかし、神になれないことがわかった上で、なお神の領域に近づかんとする者こそ、真の勇者である。

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